Pink SUBARU Blog

スタッフ・キャストによるイスラエル・パレスチナ滞在記

ピンクスバル in Italia

ピンクスバルがイタリアで9月2日から上映されました。

その折にローマでマスコミ試写、トリノで初日舞台挨拶に行き、おまけに南部プーリアのサレント国際映画祭

にも呼ばれアドリア海とリゾートのプールで浮いてきました。

IMG_2288.jpg

この映画はイスラエル、パレスチナで撮影されましたが脚本が練られたのはイタリア

メインプロダクションもイタリアなので古里です。

ローマでの試写会では久しぶりにイタリアピンクスバルチームが集まりました。

主演のアクラム、脚本のジュリアーナ、プロデューサーのマリオ宮川、宮川秀之氏。

多くのマスコミも集まり、また日本とは違った質問も飛び交いとても有意義でした。

日本では「なにが一番大変でした?」など裏話をよく聞かれますが、イタリアではその手の質問はあまり聞かれません。

作品の内容や意味を彼らなりの解釈を入れた上での質問がほとんど。質問としてこれらが理にかなってると実感。

L1060566.JPG


日は変わってトリノ。

IMG_2198.JPG

Torino Luxという80年の歴史ある映画館、最近リノベーションが終わって大理石がピッカピカ。

IMG_2161.jpg

となりでやっていたニコラスケイジの映画より倍の動員数でなかなかの盛況ぶり。

IMG_2168.jpg

イタリア人のお客さんはとてもせっかちでエンドロールを見ない。

映画のラスト近く、エピローグに入る手前の長い暗転で何人か立ち上がった。エピローグが始まると立ちながらあれっ?

と立ったままで見る、エピローグのドンデン返しでワハハと笑ってくれて、そんな反応も面白い。

「やはり映画は映画館!大きい画面でよい音」と言われるけれど、

他人とその世界を一緒に同じ空間で共有することが一番の楽しみだと思う。


映画館を出ると正面で大理石の滑りを利用して人々がタンゴを楽しんでいました。

IMG_2174.jpg


トリノからビューンと飛行機でイタリア南部、プーリア州のサレント国際映画祭へ

IMG_2198.JPG

広大な土地に六年かけて作られた巨大リゾート内での映画祭。

すごい所だよ、と聞いてはいたが実際にいって驚いた。

IMG_2254.JPG

IMG_2249.JPG

304934_10150285888233227_172923048226_8051982_1489976352_n.jpeg

イタリア語でトゥーフォと言われるこの地方の石灰石で作られた町のような五つ星ホテル。

全部ハリボテじゃなく部屋になってる。フェイキーだけどフェイクじゃない。

100年後とかどうなってるんだろう?

P1110389.JPG

映画祭はお客さんの人種がバラバラで面白かった。

映画の中で車が擬人化するシーンとタイトルのピンクの意味を絡めたとても

鋭い質問を受け、答えている時に自分の中で新しい発見があった。

映画はお客さんの中に入ってもう一度監督に戻ってくる生き物だ。

僕の手を離れたときはベイビーで見る人の中で大人になる。

この経験を感じられる質問、感想はいつも大切にしたい。


イタリア南部には500才レベルのオリーブの木が沢山ある。

P1110694.JPG


僕の住んでいたトスカーナにはこのての巨大オリーブは余りない。

でもイスラエル、パレスチナにはこのサイズのオリーブが多かった、乾燥して水が少ないが土には鉄分が多く

たくましく育つトマトと同じ理由なのだろうか?

人間は500年生きられなくとも、良き映画は500年生きる事ができる。

このオリーブの木の様にたくましい映画を作ってゆきたい。

ピンクスバルが出来るまで Vol.2


主演アクラムとの出会いは僕の人生に大きな変化をもたらしましたが、もう一つの大きな出会いは「ピンクスバル」のエグゼクティブプロデューサー、この映画のゴットファーザーとも言える、宮川秀之さんとの出会いです。

 


宮川秀之さんの経歴には余りにも膨大な物語が詰まっています。

全部ここに書くとそれだけで本になってしまうほど多くの偉業を成し遂げられた方です

 


60年代にオートバイで世界一周旅行をしながら、イタリアでマリーザさんという将来の伴侶と運命的な出会いをし、のちに韓国、インド、イタリアから養子を迎え、現在ではお孫さんも含め20人近くもいる国際大家族をイタリアで築いた方です。

車に詳しい方なら誰でも知っている、カーデザインの鬼才ジウジアーロ氏らと「イタルデザイン社」を設立しイタリアの工業デザインを世界中に発信した事でも有名です。

現在はイタリア、トスカーナ州で東京ドーム8個分の面積もあるワイン農園で世界一のワイン作りに挑戦中です。「ニュースタートプロジェクト」という日本の引きこもりを10年間にわたり農園で預かって80人近く社会復帰させるという偉業も成し遂げています。

 


宮川さんとの出会いは、当時ニューヨークから帰国したばかりの僕に某テレビ局のプロデューサーが、"まだフットワークの軽いうちに、イタリアでワイン農園を営みながら様々な活動を行っている宮川さんの元に行ってみないか?何か価値のある事ができるかもしれない"とご紹介頂いた所からはじまりました。緊張の中お会いしてみると、とても気さくなユーモアのある方ですぐにうちとける事が出来ました。

 


手探りで住み始めたトスカーナのワイン農園で農夫をしながら、宮川さんと一緒に近くの文化センターやワイン組合を通して様々な文化交流をしました。宮川さんから異文化間のコミュニケーションやソーシャライズのコツ、言葉ではなく経験でしか学べない多くの事を教えてもらいました。映画「ピンクスバル」の撮影現場は多国籍で多くの言語が飛び交っていて、その中で自然と映画作りができたのは、人種のるつぼニューヨークからこのイタリアの片田舎に来ても国際的な環境にいられたからです。

 


アクラムと僕が交流を深め、宮川さんとアクラムも自然と食卓を囲む様になりました。

そしてこれが国際的なピンクスバルチームの基盤となったのです。

L1020976.JPGのサムネール画像


L1000549.JPGのサムネール画像


P4226925_2.JPGのサムネール画像


P3216426.JPGのサムネール画像

「ピンクスバル」が出来るまで No.1

監督の小川です。

 

日本人監督の僕がイタリア、日本のプロダクションとパレスチナ・イスラエル

全編ロケで作った映画「ピンクスバル」はとても変わった経緯で完成した作品なので

このブログで何回かにわたりそれを書いていきたいと思います。

 

パレスチナ・イスラエルを訪れたのは、この映画の主役を演じ、脚本も一緒に書いた

イスラエル国籍のパレスチナ人役者アクラム・テラーウィとの出会いがきっかけでした。

当時僕はイタリアのトスカーナに住んでいて、友人を通じてアクラムと出会いました。

地元の劇場で彼は「平和の捕虜」という演劇を計画していた時で映像をお芝居に取り込みたい

と僕にコンタクトをとって来ました。

出会った瞬間から意気投合しすぐに演劇用の映像制作を始めました。

アクラムの妻ジュリアーナはイタリア人オペラ歌手で女優もやるマルチな才能の持ち主で彼女とも意気投合。

「平和の捕虜」はアクラム、ジュリアーナが5年前に書いた演目で、すでにイタリア各地で公演

をしていました。今回僕が入る事によってもっとビジュアル的に訴える事が目的だったのです。

アクラムが脚本に書かれた意味を僕に説明し、それを映像言語に僕がトランスレートする

それが余りにもはみ出したり、混沌とし過ぎた時はジュリアーナが客観的に意見をのべる。

日本人、パレスチナ人、イタリア人の僕たち三人はまったく違う国民性なのに、とてもバランスの取れた

作品作りのプロセスを歩み始め、国籍は違っても志はばっちりリンクする素晴らしいチームだと三人は友情を深めていきました。

 


これが後に映画「ピンクスバル」を作るプロセスの土台となったのです。 

5 tree.jpg

7 dance dance.jpg

タイベに出会った日本人

DSCF4728.JPG

昨日は、フルコースでしたからシンプルに、デザートです。
向こうのデザートは、かなり甘めですけど、うまいです!
一番有名なのは、こうしたパイ状の一口サイズのもの。
アーモンドなどのナッツ系が入っています。バクラバとか言います。
日本でも、中東系の料理店で、よく見かけます。
私の都内でのお気に入りのお店は、私の地元板橋にあるチュニジア料理店。
こうしたスイーツを何種類かお土産に買って帰ったりします。

DSCF6339.JPG

そんなわけで、上映中に始まった食ブログも今日で最後。
今日が映画の最終日です。是非、タイベの町を見てください。
この町が世界に知れ渡るのは、多分初めてのことでしょう。
とても人情味のある人なつっこい人達がたくさん住んでいました。

aaa.jpg

これは、タイベを去る最後の日。結婚式前夜のパーティに招待された様子。
日本からの出演者、小市慢太郎さんと川田希さんも混じって踊っています。

bbb.jpg

同じパーティで太鼓をたたくKSKプロデューサー。

この頃には、町中の人たちが映画ピンクスバルのことを知っており、
町で私たち日本人に会うと皆「PinkSUBARU!」と声をかけるように。

一人の日本人が、この町に訪れ様々な驚きや感動、
そして暖かいタイベの人々に出会ったことで、この映画は生まれました。
これから、日本各地やイタリア全土で上映されます。

東京のアップリンクでは、今日が最後です。
是非、タイベの町を、日常のパレスチナ/イスラエルをご覧ください!

hirugo.JPG
kazuya.JPG

その一人の日本人、小川和也監督と映画にも出演しているナイーマちゃん。
タイベのアクラムの家で、美味しいお昼ご飯を食べた後の様子です。

フルコースでどうぞ!

DSCF4968.JPG

明日は、いよいよアップリンクでの上映最終日です。
まだの方、まだ間に合います!

というわけで、今日は、まだ残っている美味しそうな写真で、
中東料理をたらふく見てくださいませ。
食ブログは、とりあえず明日を最後にいったんお休みします。

まずは、メゼ!いくつかは、なんだかよく分からないですが、
美味しそうです。というか、こういうものは、大体美味しいです。

DSCF4760.jpg
DSCF5186.JPG
DSCF5187.JPG
DSCF5188.JPG
DSCF4970.JPG

ここまでボリューミーなフムス+αなものは、残念ながら東京で見ないです。
一番下のフムスは、レバーですね。これ一皿食べたらかなりお腹一杯です。
上にちょこっと赤いものは、多分辛いペーストのようなものかな。

そのフムスの上の写真は、ヨーグルト的なもの。
そこにかかっているのがザタルと呼ばれる向こうで定番の調味料。
タイム、スマック、ごま、塩などを混ぜたものです。
この味は、大好きで、日本でも手に入るときは、買ってます。
結構、何にかけてもいけます。オリーブオイルにザタルをまぶして、
それをパンにつけて食べるのが最高です。
向こうのパン屋には、ザタルをつけたパンを売ってました。
撮影の時も間食として、そのザタルパンがよくサーブされてました。

DSCF4721.jpg
DSCF4794.JPG
DSCF7097.JPG
DSCF7047.JPG
chik2.JPG

メインに食べた料理の数々。そこそこ出て来たのが、チキンのライス詰め。
真ん中の写真が多分それです。
そのチキンの上にある料理は、ムサカです。
これだけユダヤ系のお店のもの。味付けは、まあまあだったかな。
最後のチキンは、ラマッラーで食べたラマッラーで一番美味しいチキン。
というふれこみのお店なんだと思います。

まあ、そんなわけで、色々たくさん食べました。
2ヶ月半いましたが、まったく飽きませんでした。
写真を見ていただければ分かるかと思います。

ちなみに、私の宣伝になりますが、下記のサイトに私の東京での
中東料理情報を載せています。食のページをクリックしてください。

http://www.midest-club.com/

また、私がお世話になっているe-foodには、もっと情報載ってます。

http://www.e-food.jp/

さて、東京アップリンクでの上映は、今日、明日となりました!
映画でパレスチナの美しさに見とれて、
夜は、ファラフェルやフムスを食べに行ってみてはいかがでしょうか?

食ブログも明日がラストです!

2つの常食

luca.jpg

ある日の昼食の風景。
珍しく、男スタッフ5、6人で料理を作っています。
まだ、ロケが、始まる前だから出来たゆとりです。
場所は、映画で使われた主人公の家。実際のアクラムの家なんです。
この日、2種類のイスラエルの定番料理が出てきました。

buruug.jpg

1つは、まずこれ。ハンバーグです。ま、向こうでは、コフタケバブ。
中東全域で食べられる定番中の定番料理。イスラエルでも定番です。

schinte.JPG

そして、こちらは、シュニッツェル。これは、イスラエルの定番料理です。
パレスチナ側でも見かけました。中東広しと言えどもこの料理が定番なのは、
イスラエルとパレスチナのみでしょう。

この料理は、主に中欧諸国で見られます。
オーストリアのウィナーシュニッツェルが有名です。
トンカツの元になったものとも言われている料理です。
イスラエルでは、基本チキンカツレツになりますが。(豚駄目ですからね)

昼食を作ったときに、この2品の常食が出て来たことを思い出して
なんとも象徴的だなあと思いました。

アラブ人の定番料理とユダヤ人の定番料理が食卓に並んだからです。
別にスタッフは、意識していないのでしょうけども、
なんだかんだ争っていても、当たり前のようにお互いの文化が、
混じっているんですから。そういう意味で食べ物ってすごいと思います。
簡単に国境、文化、言語だって超えちゃいます。

実際、アラブ人の町タイベにユダヤ人が入ってくることがあります。
それは、パンを買うとき。アラブ人が作るパンの方が断然美味しいのを、
ユダヤ人も知っているんですね。ほとんどアラブ人自治区のようなタイベと
ユダヤ人の居住区のボーダーを食べ物は、実際に生活の中で超えているんです。

このピンクスバルという映画も、そんな2つの民族の混ざった生活が、
ゆる〜く描かれています。東京では、20日まで!
今まで見たことの無かったイスラエル/パレスチナを体験してください。

下の写真は、そんなタイベのパン屋さんです。

DSCF4656.JPG

タイベの住民はお酒好き

nomiya.JPG

写真は、タイベの住民が集うハイウェイ沿いのバーです。
タイベの住民は、ほぼ100%イスラム教徒だそうですが、
男達は、よっぽど信心深くない限り、このようにバーでビールを飲みます。
でも、どちらかというと年配の人が多かったようです。
若者は、どちらかというとシーシャの店に集まっていたような。

ビールの種類は、イスラエル産だとゴールドスターかマカベー。
外国のビールだとカールスバーグが幅をきかしていました。
日本だと、イスラエルビールと言えばマカベーですが、どちらかといえば
ゴールドスターの方がポピュラーです。味もそっちの方が好きでした。

wainee.JPG

でも、私個人は、ワイン好き!せっかくイスラエルに来たので、
イスラエルワインをいただいておりました。
日本では、あまり見たことないようなイスラエルのワイン。
四国ほどしかない大きさなのに、ワインはイスラエル各地で作られています。
これらは、テルアビブのワイン専門店で買ったもの。
味は、まあまあと言ったところ。コスパが悪いという印象でした。

waine.jpg

よく通ったバーで飲んでいたワインは、こちら。
小さいボトルがあったので、私は、いつもこれ。安定した味でした。
他には、日本でも最近良くみかけるヤルデンが定番。
大手メーカーなんでしょうね。

tanoshi.jpg

こちらは、タイベにあるもう一軒のバーです。
撮影もそこそこ順調に進み、スタッフ大勢で飲みに行った日です。
この日は、すごく楽しい飲み会でした。みんなかなり酔ってます。
奥の方で笑っているのが監督の小川です。いい笑顔です。

主演のアクラムと撮影監督の柳田さんがバーカウンターを挟んで、
小芝居をしています。アクラムがバーテンを演じております。
ちなみに、このバーは、映画で使われています。
映画では、主人公の車がみつからず、やけ酒を飲んで泣いてましたが、
普段のアクラムは、こんな感じにふざけるのが大好きな人です。