スタッフ・キャストによるイスラエル・パレスチナ滞在記

2011年6月アーカイブ

「ピンクスバル」が出来るまで No.1

監督の小川です。

 

日本人監督の僕がイタリア、日本のプロダクションとパレスチナ・イスラエル

全編ロケで作った映画「ピンクスバル」はとても変わった経緯で完成した作品なので

このブログで何回かにわたりそれを書いていきたいと思います。

 

パレスチナ・イスラエルを訪れたのは、この映画の主役を演じ、脚本も一緒に書いた

イスラエル国籍のパレスチナ人役者アクラム・テラーウィとの出会いがきっかけでした。

当時僕はイタリアのトスカーナに住んでいて、友人を通じてアクラムと出会いました。

地元の劇場で彼は「平和の捕虜」という演劇を計画していた時で映像をお芝居に取り込みたい

と僕にコンタクトをとって来ました。

出会った瞬間から意気投合しすぐに演劇用の映像制作を始めました。

アクラムの妻ジュリアーナはイタリア人オペラ歌手で女優もやるマルチな才能の持ち主で彼女とも意気投合。

「平和の捕虜」はアクラム、ジュリアーナが5年前に書いた演目で、すでにイタリア各地で公演

をしていました。今回僕が入る事によってもっとビジュアル的に訴える事が目的だったのです。

アクラムが脚本に書かれた意味を僕に説明し、それを映像言語に僕がトランスレートする

それが余りにもはみ出したり、混沌とし過ぎた時はジュリアーナが客観的に意見をのべる。

日本人、パレスチナ人、イタリア人の僕たち三人はまったく違う国民性なのに、とてもバランスの取れた

作品作りのプロセスを歩み始め、国籍は違っても志はばっちりリンクする素晴らしいチームだと三人は友情を深めていきました。

 


これが後に映画「ピンクスバル」を作るプロセスの土台となったのです。 

5 tree.jpg

7 dance dance.jpg